当事務所では、職場の感染拡大防止に寄与する目的で、3月から段階的に産業保健活動のオンライン化/遠隔化を進め、4月の緊急事態宣言以降はほぼ100%オンライン/遠隔対応となっています。
しかし、3現主義「現地・現実・現物」が原則の産業医活動において、本当にそれで良いのか?激減したとは言え、職場へ出社して働いている労働者がいる限り、産業医として現場へ赴くべきではないかとの思いがあります。

労働者が現場で働き続けていて産業医が訪問する必要性がある場合とは別に、実際には、産業医面談を行うためだけに人事担当者や労働者がその日職場へ出社している。労働者はテレワーク中だが、産業医は職場を訪問して(そのためだけに人事も出社)会議室からweb会議ツールを使って面談をしている。といったケースを聞く度に、矛盾を感じ、工夫次第でお互いの移動を減らし、感染リスクをもっと抑えることができるのではないかと感じてきました。

働き方改革、そして今回の感染症流行から遠隔による産業保健活動のニーズが急速に高まっています。そこで産業保健活動の遠隔化に関する、行政の通達や学会のガイドライン等を整理します。ここ数年、医療においては急速に「遠隔医療(オンライン診療)」に関する法制度や指針が整備され、感染症の流行をうけて2020年4月13日から時限的措置で初診から対面診療不要のオンライン診療が認められました。一方で、産業保健活動の遠隔対応に関する法制度や明文化されたものは少なく、長時間労働者面接と高ストレス者面接以外の産業医面接については、法的制度や指針がなく、明確な共通理解がないのが現状です。今後、さらなる整備を期待します。

厚生労働省 行政通達

・「情報通信機器を用いた面接指導の実施について」(厚労省通達平成27年9月15日)

ストレスチェック制度の開始に伴って出された通達です。ここでは割愛しますが、一定の条件を満たす医師であれば、産業医の法定業務である「長時間労働者面接」※と「高ストレス者面接」※※に限り、テレビ電話等の映像付きの情報通信機器を用いて遠隔で実施することが認容されています。その他の、メンタル不調に伴う面接や休復職判定面接、健康指導の面接等には言及されていません。

※労働安全衛生法第 66 条の8第1項の規定に基づく医師による面接指導
※労働安全衛生法第 66 条の 10 第3項の規定に基づく医師による面接指導
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/pdf/150918-1.pdf


・「オンライン診療の適切な実施に関する指針」(厚労省平成30年3月、令和元年7月改訂)

 遠隔医療を「情報通信機器を活用した健康増進、医療に関する行為」と定義し、さらに遠隔医療を次の4つに大きく分類しています。
「オンライン診療」、「オンライン受診勧奨」、「遠隔健康医療相談(医師)」、「遠隔健康医療相談(医師以外)」。
指針の中で、労働安全衛生法に基づき産業医が行う業務(面接指導、保健指導、健康相談等)は「遠隔健康医療相談(医師)」の具体例として示されています。この「遠隔健康医療相談(医師)」は、オンライン診療指針の適用外となるため、オンライン診療では必要とされる情報通信手段のリアルタイム・同時性は、遠隔産業医面接の実施に必ずしも要件とされていないことになります。
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000201789.pdf

厚生労働省
新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)

安全衛生委員会について

Q. 新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、従業員が集まる会議等を中止していますが、労働安全衛生法に基づく安全委員会等の開催については、どのように対応すればよいでしょうか。
A. 新型コロナウイルス感染症の拡大を防止する観点から、安全委員会等を開催するに際してはテレビ電話による会議方式にすることや、開催を延期することなど、令和2年6月末までの間、弾力的な運用を図ることとして差し支えありません。
なお、いずれの方式にしても衛生委員会等を開催するに際しては、新型コロナウイルス感染症の拡大防止に向けた対応等について調査審議いただくなどにより積極的に対応いただきますようお願いいたします。また、この取扱いは、新型コロナウイルス感染症の状況を踏まえた令和2年6月末までに限られた対応となりますので、ご注意ください。

健康診断について

Q. 新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、労働安全衛生法に基づく健康診断の実施を延期するといった対応は可能でしょうか。
A. 事業者は労働安全衛生法第66条第1項の規定に基づき、労働者の雇入れの直前又は直後に健康診断を実施することや、1年以内ごとに1回定期に一般健康診断を行うことが義務付けられています。しかしながら、令和2年2月25日に決定された「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」に、閉鎖空間において近距離で多くの人と会話する等の一定の環境下であれば、咳やくしゃみ等がなくても感染を拡大するリスクがあることが示されていること等を踏まえ、これらの一般健康診断の実施時期を令和2年6月末までの間、延期することとして差し支えありません。
また、事業者は、労働安全衛生法第66条第2項及び第3項並びにじん肺法の規定に基づき、有害な業務に従事する労働者や有害な業務に従事した後配置転換した労働者に特別の項目についての健康診断を実施することや、一定の有害な業務に従事する労働者に歯科医師による健康診断を実施すること等が義務づけられています。これらの特殊健康診断については、がんその他の重度の健康障害の早期発見等を目的として行うものであるため、法令に基づく頻度で実施いただく必要があり、そのためには、新型コロナウイル感染症のまん延防止の観点から、健康診断実施機関において、健康診断の会場の換気の徹底、これらの健康診断の受診者又は実施者が触れる可能性のある物品・機器等の消毒の実施、1回の健康診断の実施人数を制限するなどにより、いわゆる“三つの密”を避けて十分な感染防止対策を講じていただく必要があります。ただし、新型コロナウイルス感染症の急速な増加が確認されている等の状況を踏まえ、十分な感染防止対策を講じた健康診断実施機関での実施が困難である場合には、特殊健康診断等の実施時期を令和2年6月末までの間、延期することとして差し支えありません。
また、これらの取扱いは、新型コロナウイルス感染症の状況を踏まえた令和2年6月末までに限られた対応となりますので、ご注意ください。
※雇入時健康診断、定期健康診断、特定業務従事者の健康診断は延期可能ですが、特殊健康診断等については、法令に基づく頻度で実施する必要があります。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00007.html#Q6

日本産業衛生学会
「新型コロナウイルス情報
企業と個人に求められる対策 Q&A 版」

産業保健スタッフの面接業務について

Q. 産業保健スタッフと社員の面接は、中止・延期すべきでしょうか?
A. 面接の緊急性や必要性を検討して面接の実施を決めてください。面接は対面ではなく、テレビ会議を優先してください。テレビ会議が利用できず対面で面接を行う場合には、手指衛生を徹底する、社員との距離を十分にとる、部屋の換気を行うなど、感染予防対策を行ってください。もちろん発熱や呼吸器症状などがある場合は、決して面接を行わないでください。

会議について(安全衛生委員会なども想定)

Q. 社内のメンバーで会議は行う場合の注意すべき点はありますか?
A. 会議の緊急性や必要性を考慮して会議の実施を決めてください。テレビ会議の活用を優先するなど、直接接触する機会を減らした会議を行うことが望まれます。やむを得ず対面での会議を行う場合には、手指衛生を徹底する、社員間の距離を十分にとる、参加者の人数を制限する、会議室の換気を十分に行うなどの対策を行ってください。

https://www.sanei.or.jp/images/contents/416/COVID-19Q&A0324.pdf

遠隔産業衛生研究会

遠隔機器を用いた労働者の健康管理:産業保健領域における
遠隔機器を用いた健康管理のシステマティックレビューと
遠隔産業医面接に関する法制度の現状

●要約
遠隔機器を用いた産業場面での健康管理の中で、特に労働者の健康管理に資する現在までの知見をシステマティックレビューの形式で整理した。和文は医学中央雑誌web版を、英文はPubMedを使用し、和文は「産業保健」もしくは「産業衛生」と「面接」もしくは「面談」と「遠隔」を、英文は「Occupational Health」and「Telehealth」を検索キーワードとし、2000年以降の総説、原著論文、症例報告・事例および学会報告に限って検索した。結果、和文15本、英文18本の計33本を組み入れた。遠隔機器を用いた健康管理では、減量支援やメンタルヘルス対策において一部効果が報告されているものの、効果検証を行った報告は少ないことが明らかとなった。さらに、産業医等の医療職による遠隔面談(面接)については、ストレスチェックや過重労働について幾つかの指針が示されているものの、その他については明文化されたものはなく、医療サービスなどの周辺領域で適用されている法令などを参考に、企業毎で運用に関するルールを制定することが望まれる。さらに、産業保健分野での法制度の整備や学会のガイドラインなどの発行も期待される。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ohpfrev/33/1/33_59/_pdf/-char/ja


「遠隔産業衛生研究会から嘱託産業医の皆様に向けての提言」第一版

●職場巡視について

工場等有害作業またはそれに類する作業が行われている事業場
月 1 回の職場巡視を行うことを原則とする。
ただし出務前に必ず産業医の体調確認を行い問題なくともマスクなどの着用下での実施を原則とする。また産業医の体調が不良の場合は巡視を延期する必要があるが、その場合でも労働安全衛生規則十五条はやむをえない場合(例えば産業医自身が感染者やその濃厚接触者である場合など)を除いては順守するべきである。

いわゆるオフィス等危険が少ない事業場の場合
労働安全衛生規則十五条を満たし、巡視以外の方法で労働者のおかれた作業環境に関する情報(たとえば、労働者の出勤割合、出勤している人の役職や業務内容、感染者発生に備え座席のレイアウトなど)を十分に把握できる場合は、2 月に 1 回の巡視にすることを検討する。360 度映像リアルタイム配信サービスやスマートフォンによるビデオ通話等は、ほぼ視覚情報のみに限られることやセキュリティについて配慮すれば、職場巡視の補助としては考えられるとする学会発表がある(黒崎ら第 29 回産業衛生学会全国協議会)。現状、職場巡視の代替にはなりえないが、情報把握の補助としてこのような方法を検討してもよいだろう。

●面接指導について

健康診断事後措置や健康相談、長時間労働者やストレスチェック高ストレス者に対する面接指導などの健康管理については、遠隔での代替可能性を検討するよう提言する。遠隔での代替方法としては、メールや書面郵送による指導、電話での面接、TV 電話や Web 会議システムを用いた面接などがある。
なお産業医の業務は医師法ではなく労働安全衛生法 14 条で規定されており、学校保健法第 16 条で規定されている学校医業務などと同様に、その職務は医師法が規制する診療や治療などの医療行為に該当しないと解釈されている。また、オンライン診療指針において、遠隔産業医面接は医療行為である「オンライン診療」ではなく、「遠隔健康医療相談(医師)」の一つとして例示されている。したがって、遠隔産業医面接は原則として医療行為に該当せず、非対面診療の禁止を定めた医師法 20 条との関係でただちに違法となるものではないと考えられている。
・長時間残業、ストレスチェックの面接指導
平成 27 年9月 15 日付け基発 0915 第 5 号の要件を順守すること。
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/pdf/150918-2.pdf
・上記以外の面接指導
画質の確保、適切な音質、接続の安定性などが問題であるため対面のほうが遠隔面談に比べ優位であり、遠隔面接が直接対面に比肩するようになるにはまだ時間が必要であるという研究があり(北田 精神科治療学 34(2) 181-4,2019)、適応対象を選定する必要があることが指摘されている。また、診療分野では「オンライン診療の適切な実施に関する指針」が存在しており参考にできる。ただし、初診は原則対面とする点については、オンライン診療自体も緩和される動きがあり、面接の内容によっては初回であっても良いものと考える(例:健康診断事後措置で
の保健指導など)。

●統括管理について

事業場の労働安全衛生マネジメントシステムの構築や運用に関して、産業医として適切な意見をのべる総括管理は、遠隔でも対応できることが少なくない。特に訪問回数が月に 1度程度の嘱託産業医は、日々刻々と変化していく科学的知見や現場・社会の状態にあわせ、積極的に遠隔で対応していくことが望まれる。
コロナウイルスによる生物学的曝露に伴う、労働者の安全衛生リスクを適切に評価してリスク低減を図るべく、産業医は、ウイルスを事業場に持ち込ませない、万が一持ち込まれても事業場内で感染連鎖を起こさないために適切な指導をすることが期待される。また生物学的な災害ともいえる今回の事態に対する BCP 対応(感染者や疑い者が発生した場合に備えたチーム編成、事業場内のゾーニング等)に関する専門的意見も期待されよう。

●衛生委員会/安全衛生委員会について

・衛生委員会等が対面のみで行われる場合
令和 2 年 5 月末までは出席せず、議事録等で衛生委員会の内容を精査したのち意見を述べることを考慮に入れてもよい。
・衛生委員会等が TV、Web 会議等で行われる場合
産業医は衛生委員会に参加すべきである。ただし TV、Web 会議を利用するために出勤等を伴う場合はリスクとベネフィットを考慮に入れてどうするかを事業者と相談の上決めること。

https://www.sanei.or.jp/images/contents/416/Information_JSOH-telemed.pdf


東京都医師会
嘱託産業医のための新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策のヒント

東京都医師会から、オンラインによる産業保健活動に関する内容が含まれた、嘱託産業医のための新型コロナウィルス感染症対策のヒントが公表されました。2020/4/30
労働安全衛生法における「面接指導」を、情報通信機器を用いてする場合の注意点について記されています。事業場や労働者の事情をよく知る産業医が、双方のプライバシーの確保などの環境条件が整った環境下において実施する等の条件のもと、情報通信機器を用いた面接指導の実施が可能としています。
https://www.tokyo.med.or.jp/sangyoi_news/18700